研究興味

当研究室での研究に深く関わる生命現象や進化プロセスをキーワードごとに紹介します。個別に解説していますが、実際には複数のキーワードが関連する研究課題にも多く取り組んでいます。

革新的形質の進化

食虫植物の捕虫葉は、光合成に特化した何の変哲もない葉を祖先に生まれた器官です。葉であるにもかかわらず、小昆虫を誘引・捕獲し、あたかも動物の消化管のように消化・吸収する能力を備えています。 この一見して不合理なほど複雑精緻で革新的な形質も、生物進化の産物です。そして、不合理に見えるということは、その背後には私たちがまだ知らない進化の仕組みが潜んでいるはずです。革新的形質を研究することで、私たちは生物学の限界を押し広げようとしています。

Evolution of digestive systems

収斂進化

「歴史は繰り返す」といいますが、生物の進化でも同じようなことが起こります。独立に進化した生物が、類似した形質を獲得することがあるのです。この現象を収斂進化(しゅうれんしんか)とよび、普遍的にみられる進化パターンです。鳥類とコウモリの飛翔能力もそうですし、イルカ・ジュゴン・カモノハシその他の動物の潜水能力も収斂進化の例です。食虫植物も然りで、10系統程度で別々に食虫植物が誕生しています。

収斂進化は、生物の機能や形態にのみ起きる現象ではありません。形質の収斂進化を紐解くと、同じ遺伝子を同じように変化させて達成している例も見つかります。このような分子レベルでの収斂進化は、分子収斂ともよばれます。進化は、どのようなときに繰り返すのでしょうか。分子収斂が、それに答える鍵となるはずです。

Convergent evolution

表現型可塑性

生物は環境に応じて体の作りを変えることができます。そして、その変化が特に顕著な場合はしばしば表現型可塑性とよばれます。いくつかの食虫植物がこの表現型可塑性を示し、捕虫葉と光合成葉を作り分けます。捕虫葉は常に光合成葉を祖先として進化していることを考えると、この可塑性には捕虫葉進化のヒントが隠されているかもしれません。食虫植物フクロユキノシタを使ってこの謎に取り組んでいます。

Cephalotus follicularis

劇的な形態進化

「進化」というと、連続的な変化を思い浮かべるかもしれません。しかし、世の中には「中間」が見当たらず突然出現したようにみえる形態もあります。食虫植物の袋型捕虫葉は、その代表例といえるでしょう。その秘密は生物の形作り、すなわち発生過程にあるはずです。

細胞種進化

生物の体は細胞の集まりです。そして、体の進化を還元していくと、細胞種の進化として理解できます。食虫植物には、他の植物に見られないような特殊な細胞が数多く存在します。それらの細胞は、食虫植物進化の過程でどのように誕生したのでしょうか。

転用進化

無秩序から秩序だった新機能を生み出すのは進化においても難しいことです。しかし、既存のものを使い回せるのならその限りではありません。もともと、とある形質に使われていた既存遺伝子を別の形質に転用することで、革新的な形質が突然出現したようにみえることもあります。私たちは以前、病害抵抗性の酵素から食虫植物の消化酵素が進化したことを報告していますが、もっと予想だにしない突飛な転用もしばしば見られます。遺伝子転用の歴史から、形質進化の秘密に迫っています。

遺伝子重複・全ゲノム重複

形質進化の背後で、しばしば新しい遺伝子が出現しています。そして、新しい遺伝子は、しばしば既存遺伝子のコピー&ペーストで出現します。これを遺伝子重複とよび、生物進化になくてはならないプロセスです。特定の形質進化と同時期に生じた遺伝子重複の痕跡をゲノム配列から見つけ出したり、遺伝子重複が他の分子進化プロセスとどのように関連するかを探っています。

そして、遺伝子の重複は常に個別に生じるわけではありません。全ゲノム重複は、数万の遺伝子を一度に倍化させる進化プロセスで、特に植物で頻繁に起こります。その時期やサブゲノム間の相互作用を解析することで、全ゲノム重複の進化的意義に迫っています。

遺伝子配列進化

遺伝子の塩基配列(ATGC)はタンパク質のアミノ酸配列を決めます。そして、アミノ酸配列はタンパク質の構造を、タンパク質の構造はその機能を、そして、タンパク質機能はさらに高次の生命階層を経て生物のマクロな形質へと影響を与えます。遺伝子配列と形質のあいだは様々なレイヤーに隔てられているものの、たった一つのアミノ酸を変える遺伝子配列変化が、生存に直結することもしばしばあります。私たちは、形質進化を引き起こした遺伝子配列の変化を探索しています。

遺伝子発現進化

コードするタンパク質のアミノ酸配列が変化せずとも、遺伝子の機能は変化することはあります。遺伝子の発現量や発現場所がかわる調節的変異による進化です。そういった遺伝子発現進化は、特に転用進化と深く関わる進化過程であり、研究を進めています。

遺伝子喪失

何かを獲得することだけが進化ではありません。何かを失うこともまた、生物進化を構成する重要な過程です。何か新しい形質が成立する裏で、特定の遺伝子が失われることもしばしばあります。遺伝子喪失は、遺伝子重複とは対照的な進化プロセスですが、その進化的意義は遺伝子重複に比肩します。

遺伝的背景

同一の変異でも、常に同じ形質進化をもたらすとは限りません。遺伝子の機能は、他の遺伝子との相互作用で決まるためです。特定の遺伝子座に着目したとき、その他すべての遺伝子座による影響を遺伝的背景と総称します。これは、収斂進化と深く関わるファクターです。遺伝的背景の影響が巨大なら、分子収斂による表現型進化は起こりにくく、また逆も然りとなるはずです。これらの関連を探っています。